「未成年 続・キューポラのある街(1965年 日活映画)」をどう観るか

先日、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会の関東学習会にて配布しました「未成年・続キューポラのある街」資料をこちらに掲載しておきます。この映画は多分DVDになることもないでしょうが、当時の時代のは意見を少しでも感じていただければと思います。

未成年 続・キューポラのある街(1965年 日活映画)

監督 野村孝 脚色 田村孟 原作 早船ちよ キャスト 石黒ジュン(吉永小百合)塚本克巳( 浜田光夫)

あれから三年キューポラのある街川口では、石黒ジュンも定時制高校の三年生になった。弟のタカユキも中学三年、父の辰五郎は相かわらず一徹な鋳物職人で酒好きは昔と同じだ。母親のトミは小さい弟たちをかかえて、一家六人の貧しい家計をきりもりしている。ジュンは昼間は工員をしながら工場で働き、大人の中で、多くの矛盾にぶつかった。働きながら学ぶジュンや、サヨたちに対して職場が偏見の目を向けるのに、抵抗しながらも、ジュンはそれを自分の戦う場所として、生きがいを見い出していた。

そんな二人を学校の池貝先生は励まし力づけていた。弟のタカユキは新聞配達をしながら高校進学を夢みていた。母親トミや父辰五郎のグチの中で二人は真面目な毎日を送っていたそんなある日、克巳が新しい商売を始めた。そして克巳はトミに雑役の手伝いを日給七百円で頼んだ。辰五郎はトミが克巳から金をもらっていることに、何かふっきれないものを感じて、トミに悪態をついていた。
ある日ジュンは、朝鮮に帰った金山ヨシエの母親美代の居所を崔という高校生から尋ねられ協力を約した。ヨシエの父が急病で倒れ母親に会いたがっているのだ。美代はヨシエらが帰国後日本に残って旅館の女中をしていた。崔とジュンは美代を訪ね朝鮮帰国をうながした。崔と歩いているのを見た辰五郎は、朝鮮人と歩いて!と罵倒したが、ジュンは胸をはっていた。
美代は朝鮮に向った。その頃克巳の会社は不渡を出して倒産した。借金を背負わされた克巳に、ジュンは大学進学にと貯めた貯金通帳をさし出した。そして社会事業大学で学ぶ夢を、この川口で働きながら掴んでゆくことを固く心に誓った。ジュンの心の中に自信が泉のように湧いた。(インターネットデータより)

「未成年 続・キューポラのある街」をどう観るか 三浦小太郎

「続・キューポラのある街」は、吉永小百合のデビュー作「キューポラのある街」のヒットにあやかって「柳の下のドジョウ」を狙ったものとは思いますが、映画としての感銘は遥かに落ちます。

ただ、ここでも帰国事業が取り上げられており、しかも後述しますが、なかなか複雑な印象を持ってしまうシーンが納められています。
舞台は同じ川口で3年後。冒頭で帰国事業や、やらせっぽい北朝鮮の明るい民衆の姿が映し出され、もうこの時点で引いてしまう物がありますが、当時は本当に皆この通りだと信じていたのでしょう。北朝鮮に渡った、吉永小百合こと「ジュン」の女友達金山さんからは、「私達は貧しい地方に送り込まれて苦しんでいます、総連の宣伝は嘘でした」・・・ではなく、「北朝鮮で働きながら充実した生活を送っています、ジュン、貴方はどうしているの」という手紙が届いています。

当の「ジュン」は、定時制で働きながら勉強中。しかし、同じ職場で働く女性達の中でも、定時制に行く人と行かない人の間にははっきりと感情的な対立があり、家庭もうまく行かず、生活の苦しさも前作のまま、いや、ジュンの弟「タカユキ」が新聞配達でためた貯金までお母さんが勝手に使っている状態ですので、むしろ前作より悪化しているのかも。職場の同僚の妊娠、かっての同級生達の乱れた生活など、それなりに社会的ドラマとして真剣に作ろうとしている姿勢はわかるのですが、映画としてはどうにも図式的で見ていて憂鬱になってきます。ただ、これは後述しますが、ジュンの父親で職人の父ちゃん(宮口清二)は、演技力のよさもあって、彼だけは時代に取り残された職人像を大変うまく演じ、この映画で唯一血の通った現実の人間の臭いを感じさせています。

ジュンの幼馴染の「克己」(浜田光夫)だけは意気軒昂。同じ労働者仲間と一緒に会を作り、仕事を引き受けて自営を目指す、その中では社長も労働者もなく、仕事の収入は全て平等にする、と、ほとんど理想の共産主義体制を実現させんとする勢いです。

これに対しジュンは素直に感動しますが、父親は「以前は組合組合と言っていた野郎が、今度は親方になるつもりか。十年早い」と罵ります。これは誤解に見えるんですけど、結局映画のオチから観るとなかなかこの父親は洞察力があった事が分かります。実はこの映画の結末では、結局理想に燃えた克己の仕事は、途中まではうまく成功し、克己は規模を拡大し、自分は経営に専念しようとします。しかしそこは資本家としては素人、広げようとしすぎて大失敗、負債を抱えてつぶれ、同僚たちからも見捨てられ罵られます。結局職を失わせた以上自分の理想はどうあれ労働者からすれば失敗し自分たちの生活を脅かした一無能経営者にすぎないわけで、ここは実は結構リアリテイありました。

まあ、しかし父親の方も、工場の現場では、オートメーション化が進み、もう居場所は殆どないんですね。そして、職人として厳しく若い労働者を鍛えようとしても、彼らはもうそういうやり方にはついていきません。結局、ジュンのお父さんは工場長と対立、事実上首になります。飲んだくれるお父さんに、同級生や進学の問題、将来の問題で悩むジュンは、友人に誘われ、何か生きていくうえでのヒントでもないかと、「高校生の集い」とやらに出かけます。

しかし、もうそこは建前論の渦で「定時制と普通制の間には溝がある、それはよろしくない」「制服を着る事は是か非か」「学校に行っても面白くなく学問に興味を持てないのは何故か」「お互いの立場から悩みを率直に語り合おう」などと、はっきり言って考えてもしょうがないような事が大真面目に論じられております。ジュンもこの空気の中には耐え切れず、場を外しますが、皆様休憩時間にはフォークダンスなどをやって議論はどこに行ったか状態。吉永小百合くらいの美人がいれば誰かが踊りに誘ってもよさそうなのですがそれもなく、ジュンは孤立無援状態です。

そこに朝鮮高校生が数名登場。それまでの高校生と違ってアジテーションの勢いが別次元に高い!「私達は祖国にいる家族と切り離されているのが最大の悩みです!」貧しく将来に行き詰っている、それでも頑張ろうとしている日本の若い労働者と、差別され歴史に翻弄されて入るが希望に満ちている在日朝鮮人の若者たちの連帯、という、多分この時代には大真面目に信じられていた構図がそのまま描かれています。

そして、偶然と言うものはあるもんで、この朝鮮高校生の一人、崔さんが、北に帰ったジュンの友人、金山さんの親戚だったとは!ジュンは晴れ晴れとした顔でいいます。「あたしさっきまで頭が痛かったんだけど、貴方たちの話聞いたら、すっと治ったわ」これに対し崔君はこれまた晴れ晴れと「それは僕たちは、悩みも希望も、人一倍大きいからじゃないでしょうか」と、気を失うほどキザなセリフを(しかも駅で別れる場、つまり公衆の面前で)いいますが、これ、当時はこのまんま受け取られていたんだろうなあ。

そして、崔はジュンに、北朝鮮で金山さんの父が病気にかかり、ガンらしいこと、日本に残っている妻に一目合いたがっていることを語ります。そして崔はとうとうこの日本人妻の仕事場を探し出し(そこまでせんでもと思いますが・・・)ジュンと崔は説得に赴きます。

日本人妻は、飲み屋で下働きをしていました。生活も苦労していることが偲ばれます。店先に尋ねていった崔は早速、北朝鮮行きの船にすぐに乗ってくださいと力説。しかし日本人妻は、「行ったらもう帰って来れないんだろう」と決心がつきません。
ここで、ジュンが日本人妻が場を外した隙に、まさに朝鮮総連的な発言!「今年中には自由往来ができるって言ったらどうかしら」ここで崔が「そうだそうだ、3年たったら里帰りができるって言おう」・・・とはいいません。崔は「いや、嘘はいけないよ。北朝鮮に渡ったら二度と日本には帰ってこれないんだ。それが祖国と日本の関係なんだ」ともっともなことを申します。立場が逆だろう逆・・・

そしてジュンは崔に、貴方は帰らないの、と聞きますが、崔は「僕だって今すぐにでも帰りたい。しかし、ここ日本にはまだ正しい民族教育を受けていない十万人の朝鮮の子供たちがいる。僕は教師になって、彼らにちゃんとした教育をしてあげたいんだ」とおっしゃります。こういう人間が、じゃあ本当に北に将来わたったかといえば、多分行かなかっただろうなあ。そして、その「正しい民族教育」は、民族の言葉である朝鮮語を教えるという点では意味があったけれど、あとは基本的に「正しい北朝鮮教育」であって、民族教育ではなかった。この構図は今も変わっていない。

この純粋(かどうかわからないがとりあえず純粋な青年として描かれている)が、その純粋さに忠実であるならば、将来選ぶべき道は、(1)北朝鮮に自分も行くことで人びとを送り込んだ責任を取る(2)この日本で北朝鮮の人権改善や帰国者の救出に取り組む、(3)帰国事業は間違っていたことを正直に自己批判する、何よりもまず在日同胞と日本人妻家族に謝罪する のいずれかでしかないはず。しかし、現実の在日の多くは、そのような行動に立ち上がるよりは、全てを忘れよう、隠そうとしているのではないでしょうか。

北に家族がいる以上何も出来ない、というのは、在日の一般庶民ならばそれはそれで仕方がないでしょう。しかし、在日コリアンで、著作を持ち、しかも日本の差別を批判したり日本社会に問題提起を行っているような人びとは、言論人としての責任として、この帰国事業の過ちを語る責務があるはずです。そして吉永小百合さんも、俳優の一つの仕事として出演しただけでしょうし、彼女の責任を問うつもりはありませんが、反核や平和については積極的に発言される傾向のある彼女も、この2作については口をつぐんでいます。

さて、結局この日本人妻は、北朝鮮に帰る道を選びます。日本人妻が涙ながらに「本当は今からでも逃げ出したいんだよ。貧乏暮らしをしてもあたしはやっぱり日本に住んでいたいんだよ」と言う言葉には胸が撃たれるものがあります。そして、今や約200名の脱北者が日本に来てはいますが、そのうち日本人妻は私の記憶では数名でしょう。「きっとまた会えるわ!」と言うジュンの言葉が、物凄く複雑な想いを見るものに引き起こします。

さて、映画の最終シーンでは、ジュンは大学進学を諦め、折角の貯金もすべて事業に失敗した克己に渡してしまい、これからは労働者として生きていくことを決意します。様々な悩みや挫折の後、「今自分の一番やるべきこと、自分にしか出来ないことをやる」という朝鮮高校生にも影響を受け、大学にすすむ、つまりこの貧しい労働者社会から抜け出す道ではなく、そこに生まれたものとして、その社会で生き抜き、その中で少しずつでも現場を改革していこう、という趣旨のエンデイングと思いますが、実はこういう発想、美しくは見えますが完全に間違っています。今の環境から脱却して上昇したい人は死に物狂いで一人でも脱却するしかないのです。

「1人が10歩進むより、10人が1歩ずつ前進することが大事」といっている間は、実は本当の意味での人間の解放も社会の前進もありません。まず才能のある、努力した一人が道を切り開かない限り、10人の前進もないのです。これは共産主義を巡るけっこう重要な問題点と思いますが、まあ話が堅くなりそうなのでまた別の場と致しましょう。

実はこの映像を見たある脱北者の方は、この日本人妻はリアリテイがありすぎる、監督は、帰国事業が実際には宣伝と違うことを多少なりとも知っていたのではないか、と言っていました。はたして真相はどうなのでしょうか?(三浦)

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2 Responses to “「未成年 続・キューポラのある街(1965年 日活映画)」をどう観るか”

  1. 中尾 晃 より:
    日々、お疲れ様です。
    東京都在住、会社員、57歳、
    中尾晃と申します。
    「未成年 続・キューポラのある街」、
    の上映会はまた何処かで予定される見込みますはございますでしょうか?
    お教え頂ければ幸いです。
  2. miura より:
    またやりたいと考えております。後、コメントに中尾さまの個人情報が入っておりましたので、勝手ながら一応削除しておきました。(余計な事でしたらごめんなさい)もし、早めに御覧になりたければ、DVDお貸ししてもかまいませんよ。その場合は、三浦 miurakotarou@hotmail.com にご住所をお送りくだされば郵送にて送ります(ただ、1週間ほど時間ください) 三浦

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