12月7日 NPO法人江東映像文化振興事業団(古谷経衛代表)設立記念上映会‏  あと、インド独立を支援する映画も戦時中作られていたようです

NPO法人江東映像文化振興事業団(古谷経衛代表)が設立され、下記の形で設立記念上映会を開催します

【お知らせ】2014年12月7日(日曜日) 15:30-21:00 

場所*亀戸文化センター(亀戸駅徒歩1分)6階 第三研修室(入場無料)
内容*「ハワイ・マレー沖海戦」「戦艦ポチョムキン」の上映とアフタートーク

15:00-開場、16:00-理事/副理事挨拶、「ハワイ・マレー沖海戦(16:30-上映開始)」「戦艦ポチョムキン(19:20-上映開始)」、21時頃閉会予定

http://kotomovie.org/

とにかくいい映画を観ようという団体です。興味のある方は是非ご参加ください。この「ハワイ・マレー沖海戦」こそ、ある意味円谷英二の原点であり、もしかしたら最高傑作かもしれない。あと、この日の但馬オサム氏の同映画への解説は絶対に面白いことを保証いたします。

ちょっと関係ないことを付け足しておきますが、但馬氏の著書「世界の子供たちに夢を~タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡」は涙なくして読めない名作。「アニメーション」などという言葉がまだ一般化していなかった時代に天才を燃やしくつくした先駆者であり、手塚治虫の偉大さは十分わかった上で言うのですが、アニメにおける業績としては私は手塚を越えていると思う。特に印象深かったのは「みなしごハッチ」で、あそこまで徹底的に人間を、破壊者、悪役と書いたアニメはほかにあんまりないのではないでしょうか。昆虫採集があれでできなくなった子供とかいないかなあ。それと毎回出てくる昆虫の個性的なこと。「.大ぼら大将の冒険」とか、確かノミとカマドウマが活躍するんじゃなかったかな.

それとさらに追記。やっぱりこういう時ネットは便利だなと思うのですが、偶然こういう論文を見つけました。ちょっと引用します。

戦争映画の中の人情

~太平洋戦争中の日本映画は、アジアをどのように描いたか~インドを題材にした映画に関する考察
豊田 雅人

「(前略)日本のインド報道には一つの山があったと考えられる。それは日本でインド独立運動を展開し、インド国民軍と自由インド仮政府の首班だったスバス・チャンドラ・ボース(1897-1945)の登場からインパール作戦の終了時までの間、時間軸としては1942 年後半から1944 年前半の期間である。このインド報道の最高期に一本の映画が制作された。東宝が制作した「進め獨立旗」という作品である。当時の日本の大物役者が勢揃いして制作されたインド独立運動を扱った戦時中ただ一つの作品であった(当時の広告はアサヒグラフ昭和18 年10 月3 日号と10 月20 日号で見つけることが出来る)。しかも公開時期はちょうど大東亜会議の開催直前であった。

映画は1938 年第7 回直木賞受賞作の橘外男の『ナリン殿下への回想』を原作に監督衣笠貞之助、主役のビールプール藩王国の王子「ナリン」役に長谷川一夫、日本の協力者「立花」役に佐山亮、その妻「たか子」役に入江たか子を配し、その他のインド人役では轟夕起子(ウシヤ・ラジ)その夫役に森雅之(キショール・ラジ)、三津田健(カパティア)、そしてイギリス大使館に誘拐され、大使館内でナリンの潜伏先を自白するように強要されて拷問死するインド人「アタール」役を中村伸郎、裏でインド人の独立運動の妨害を画策するイギリス大使「グレーブス」役に斎藤達雄が演じるなど当時としても、そうそうたる顔ぶれであった。特に目を引くのは志村喬演じる「浅野」の存在で、日本側のインド独立支援の大物として登場していた。浅野は作中を通して常に紋付き袴姿に丸眼鏡を掛けた姿で登場し、あらゆる面で在日インド人支援に奔走するという役どころであり、その風貌から浅野とは日本における国家主義運動の草分けで玄洋社社主であった頭山満(1855-1944)をモデルにした役であったとおもわれる。

映画の粗筋は1939 年、東京で行われたインド人クラブの独立集会を巡るイギリス大使館側の妨害と、この集会を成功に導くために「ラタン」という偽名で秘密裏にやってきたナリン王子の駆け引きから始まる。その裏で繰り広げられた在日インド人の中のイギリス側スパイの策謀活動やインド人同志の逮捕監禁そして同志の死などを軸に展開するスパイ活劇映画である。

最後はイギリスの策謀によってナリン王子までもがイギリス大使館に軟禁され、そこで我が身を悲観した王子は自殺を図ってしまう。その自殺の直前に日本人同志、立花に面会をすることを許された彼は次のようなメッセージを残し、後の独立運動の成功を託す。「力のない独立運動は意味がない。私の失敗は良い例だ。」と。その後、残されたインド人は彼の死を悼み、追悼集会を開いた人々は「独立はまさしくインド人の悲願である!! インド独立万歳」万歳三唱し、独立精神を心の中に深く刻みつけ決意を新たにしたのであった、という展開へと続き、そして「大東亜戦争開戦!!」というテロップと共に独立インドの第2 国歌「バンデー・マータラム」の合唱をBGM にシンガポールで挙兵した実物のインド国民軍のニュース映像が映し出されてインドは日本と共に立ち上がり、英米に対して戦いを始めたというアピールをして終わる。(後略)」
http://www.rikkyo.ac.jp/sindaigakuin/sd/research/journal201110/pdf/008.pdf#search=’%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%BF%A0%E7%94%B7+%E3%83%8F%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%83%BC%E6%B2%96′

どうですか、この論文全体では批判的に論じられていますが、この「進め独立旗」観てみたいと思いませんか。こんな映画がつくられていたんだなあ・・・一度戦時国策映画特集とかやってみたら面白いかもしれないなあ。この前李香蘭氏が亡くなりましたが、私は彼女の人生は興味深いけど、映画としては正直それほどのものはないと思っているんですよ。むしろ、この映画を観てみたい気がする。まあ、実際観てみたらどう思うか全く分かんないけど。日本人がインド人を演じるってのは無理かな。

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