「中国の音楽世界」孫玄齢(岩波新書)に、天安門事件への追悼の思いが読み取れる

今ちょっと雅楽とかその辺りを聴き始めていて、やはり一度中国の音楽というものを勉強してみようと思い、アマゾンで安く変えることもあって入門のつもりで、「中国の音楽世界」(岩波新書)を取り寄せて読んだのですが、これ中々興味深く読みました。

正直、中国音楽に詳しい人や多少学んだ人には物足りないと思いますよ。あと、新書で論じられるテーマではないことはすぐ分かった。今から7千年前の「骨哨」こと、鳥の骨に穴をあけて笛にしたものの話から始まるんですから、そりゃ200ページ足らずの本では無理。この「骨哨」は鳥の鳴き声のような音をだし、たぶん狩りで鳥を呼び寄せるために使われるとともに楽器としても発展したのだろうとか、甲骨文字の鼓は楽器そのものの形をしているとか、もうその辺りから大変面白く引き込まれるんですけどね、この段階で、果たして7000年間をどう一冊にまとめるのかと読者の方が不安になる。

孔子と墨子の正反対の音楽論も興味深かったのですが、正直、古代の礼楽を奴隷制身分社会のヒエラルキーの象徴として、社会秩序を重んじることから音楽を愛した孔子VS民衆を苦しめ、重税を課しても楽団や舞踊団を維持し、最後には殉死をも強制する権力者の象徴としての音楽を否定した墨子、というのはちょっと図式的過ぎると思ったけれど(たぶん二人ともそんな単純な思想家ではないと思う)まあこれも新書版で孔子論や墨子論を延々とやるわけにもいかないだろうな。むしろ、私は音楽とあまり縁がないように思っていた老子の言葉「大音に音稀なり」を見事に論じているのは感動しました。「(老子ののべる音楽の)理想とは、道家の追及する『天籟』の音、天然自然の音の鬱にこそあり、これこそが最高の音楽」「この種の音楽を聴けば、忘我の境地、超俗の心境に達し、音楽と一つに溶け合って音そのものを忘れるに至る」という本書の記述は、確かになんとなくわかるような気がする。あんまりいいたとえじゃないかもしれないけど、美しい自然の中で何かきれいなメロデイーを聴いたときって、確かにこういう気分になるような。そのあとジョン・ケージとかの西洋音楽家がこのような東洋思想を安易に音楽にとりいれたって似て非なるものだ、という指摘ももっとも。

他にも色々おもしろい指摘があるのですが、これは全く知らなかったのは、中国西北地方の民謡の紹介、というか、明らかに本書に天安門事件の影があること。ここで紹介されている「無一文」という歌の歌詞は、以前このブログでも紹介した崔健の「一無所有」で、これが民謡をベースにしているとは知らなかった。著者は天安門という言葉は一言も使っていないけれど「この歌は若い人たちから愛された、特に、大学生たちに」「北京大学の学生がこれの流行に一役買っている」と記し、また民謡の中に秘められた苦難の歴史、貧しく取り残された庶民の姿、そのなかでの抵抗の精神などが紹介される。とりわけ印象に残るのは次の歌だ。

「花児(ホワル)」という西北地方の民謡があって、それは甘粛、青海、寧夏地方で、特に甘粛の臨夏、現在の回族自治区首府には、チベット人も含め多くの民俗が住むけれど、共通するのは「花児」を好むことで、毎年6月1日から6日までは、何千何万という人人が集まって、歌を掛け合い、夜も昼もやすまずにぎわうと本書にはあります。その中で歌われる歌にこの曲が引用されているのも意味深・・・

花児はほんに 胸の思いよ 歌わなければ 心は晴れぬ

刀で首を 切られるとても いざ死ぬ間際も 歌うは花児よ

また、雲南地方の民謡に触れつつ、この地方は中国の悪習だった纏足が行われなかったことを指摘し、またおおらかな性描写もあること、多くの少数民族の影響があることを認めている点や、蒙この音楽を高く評価し、内モンゴルで流行した歌として「ガダメイリン」という歌詞を紹介している。

南から来る雁ならば 長江越えて飛んで来い

ガダメイリンの蜂起なら 蒙古人民の土地のため

ガダメイリンとは1929年、漢族によるモンゴル人の土地の開墾(遊牧民にとって侵略や文化破壊である)に抵抗して決起し、中華民国軍と戦って戦死したモンゴルの英雄です。このような歌詞を引用するのも、著者の各民族への敬意の現れのようにも読み取れます。

この岩波新書「中国の音楽世界」が出版されたのは1990年。88年から90年までチベットでは決起が続き、89年6月にはご存知の天安門事件が起きています。著者はこの日本向けの本の中で、進むはずの民主化と各民族との和解に急激な反動が起きる中、思うところあってこれらの文章を書きとめたのではないでしょうか。

ガダメイリン


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