仔鹿物語 つけたし

仔鹿物語はこの前書いたように是非読んでほしいのですが、ちょっと余計なつけたしをしておきます。

この主人公たちは原則的にはいわゆる西部開拓者ではなく「クラッカー」と言われていた、南北戦争前後からフロリダの奥地に住みつき、自然の中で狩猟と耕作で生計を立てていた貧しい白人たちでした。作者ローリングスは、彼らの中に、まさにアメリカの原点を観た思いがし、開拓民というより、それこそメイフラワー号でアメリカにやってきた最初期の移民たちはこのような生活をしていたのではないかと思ったのかもしれません。

ここからは私の推測も入るのですが、たぶん現実の近代化、資本主義化を推し進めるアメリカ社会(南北戦争はある意味それを完成させたのかもしれないけど)になじめなかった人々、疎外された人々、悪く言えばその社会からはじかれた人々だったんじゃないかと思います。ジョデイの父親が、お釣りを一ドル多く受け取ってしまって、それを返すためにわざわざ何マイルも店まで戻ると言ったエピソードにもなんとなくそれは象徴されている気がする。

ローリングスはこのクラッカーを描くとき、彼らと黒人との関係や、また都会の人々の彼らへの差別も描きませんでした。そして実際のクラッカーの中には経済的な成功者ももちろんいたんでしょうけど、そのような人々も描かず、ひたすら彼らと自然との闘い、そして戦う中での自然への敬意、少年の厳しい体験とその中での成長を中心に描きました。しかし決してきれいごとだけではなく、法律や警察も事実上無い中で、家同士の対立が起きれば、、時には激しい暴力(放火して追い出すところまでやる)が生ずることも書いています。でもこれがローリングスにとっては、ある意味アメリカの原点だったんだろうと思う。問題が起きたら、どんな野蛮なやり方に観えようと、当事者、家族の中だけですべてを解決するという、ある意味もっとも原初的な共同体意識。

ローリングスが本書を書いた1938年は、大戦直前、アメリカにもうこういう世界が生き残れる可能性はほとんどなかった。資本主義的価値観が確立し、大恐慌の傷も残る中、文化的にはスイングジャズがヒット、ヘミングウエイ、フイッジェラレルド、そしてヘンリー・ミラーなどがある種「都市文学」を展開し、フォークナーが南部の闇を描き、またスタインベックが貧しい労働者に共感を示す中、ローリングスはひたすら閉じられたクラッカーの世界を描き続けたようです。でも、これは逃避ではない。昔の私はこういう文学を逃避文学だとか決めつける馬鹿者だったんだけど、時代が変転する中、あえてテーマを狭くし、作品の世界を狭めても、その中で純粋性を高めていくことで、時代を超えたメッセージを打ち出すことはできることがようやっとわかった。

「たしかに、人生はいいものだ。すごくいいものだ。だが、楽ではない。人生は人間をぶちのめす。立ち上がると、またぶちのめす。(略)ぶちのめされたら、どうするか、それが自分の背負うものだと受け止めて、前に進むしかないんだよ。」

このセリフの意味は前にも書いたけど、子ども時代にはわからないよな。もし10代でこの意味が分かるようだったら、よほど感受性の鋭い子か、もしくは、その年で本当に苦しみ傷つくようなひどい体験をした人だけだと思う。そしてラストシーンのジョデイの思い「あの小鹿を愛したほどの気持ちで誰かを再び愛せるとは思えなかった。男でも、女でも、自分の子供でも」という文章の奥深さ、これはこの文庫二冊を読んだ後でものすごく迫ってくる。

この物語は映画にもなって、、グレゴリー・ペックが実にすばらしい。でも、この作品のクラッカーの生活の厳しさ、特に人間関係の厳しさは伝えそこなっている、というか、あえて映さなかったように思います。ぜひ、原作をお読みください。

You can leave a response, or trackback from your own site.

2 Responses to “仔鹿物語 つけたし”

  1. 山路 敬介 より:
    小鹿物語は小生も十代で読みましたが、そのとき三浦さんのような感慨に至ることはなかったですねえ。
    どこかにしまってあるはずなので、読み返してみたく思います。
    齢を重ねてはじめてわかる、これも文学の奥深さなのでしょう。
    小生など乱読家で相当の数は読みますが、千冊よむより10冊を繰り返して読むほうが感動が深いということも本当だと思う今日この頃です。
    いつもためになる読書案内をありがとうございます。
  2. miura より:
    私も今回読み直して、こんな話だったのかあと驚いたんですよ。何せ恋人を取られたと言って家に放火しちゃうとか、こんなに怖い話とは思わなかったし、「リスのピラフ」なんて言葉を聴くとどんな味なのかとか思ったり、猟犬の餌が「アリゲーターの干し肉」だったり、洪水の恐怖の語り方の見事さに撃たれたり、実に面白くかつ興味深く読めました。この作家の伝記とかいつか読んでみたいんですが、たぶんこの文庫版の解説のほかは日本語で読めるものはないでしょうね。

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed