ビルマ首相のリクエストで歌われた「湖畔の宿」 後、「正論」12月号に大東亜会議についての拙論が掲載されました

現在店頭に並んでいる「正論」2013年12月号256ページに「特集大東亜会議70年目の真実 世界初の人種平等・民族自決会議でなにが語られたか」が掲載されました。大東亜会議での各国首脳の演説を紹介したもので、ページ数の都合はありましたが、出来るだけこの会議に参加したアジアの指導者たちの精神を伝えようとしたつもりです。

この大東亜会議に参加したビルマのバー・モウ首相は、1940年に発売され当時のヒット曲だった高峰三枝子の「湖畔の宿」が好きだったようで、東條首相は気を使ったのか、料亭でモウ首相の前で高峰三枝子に歌ってもらい歓待しました。高峰さん自身、芝増上寺そばの料亭「紅葉館」に招かれて、モウ首相のまえで『湖畔の宿』『純情二重奏』『南の花嫁さん』を歌い、大変喜んで聞いてくださったと語っています。実はこの湖畔の宿は、戦時中は禁止されていたという説もあり、だとすると東條首相は自分で禁止した歌をリクエストしたことになるのですが、この映像を見ると、戦場への慰問では高峰さんはいつも歌っていたみたいですね。まあ上がこの曲を批判しようが、実際に闘いに行く兵士たちは聴きたかったのだから、現場では歌われていたのでしょう。

私はこの歌の最期の「一人占う トランプの 青いクイーンの 淋しさよ」という詩が好きなのですが、これは特攻隊の兵士の歌「トランプの一人占いなどしつつ 突撃までの時を過ごしぬ」(兵隊万葉集より)を思い出させます。

ただ、個人的には、若き日の高峰三枝子さんの魅力が最もつまっているのは、西条八十の詩も素晴らしいこちらの曲ではないかと。映像も素晴らしいのでぜひ見てください

なんかこのあたりの曲って今聴くと戦後の演歌の一部よりはるかにモダンに聴こえる

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2 Responses to “ビルマ首相のリクエストで歌われた「湖畔の宿」 後、「正論」12月号に大東亜会議についての拙論が掲載されました”

  1. 播磨真悟 より:
    三浦先生、三浦先生が大東亜会議に関して書かれた『WiLL』と『正論』を買わさして頂きました(^-^)v

    大東亜会議が戦後、バンドンのアジア・アフリカ会議に繋がったのを考えたら、大東亜戦争って負の部分も確かにありますけど、間違いなく功の部分もあります!!

  2. 浦辺登 より:
     この大東亜会議のエピソードは、最近、書評を書いた『評伝服部良一』にも出ていました。
     高峰秀子はエピソードが多いですね。
     東海林太郎のステージで背中におぶさっていたとか。
     それだけ、時代の人ということですね。

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