ウイグル民衆は戦っている!とにかくこの映像を見てほしい

とにかく、このラビア氏の訴えを聴いてほしい

そして、この決起以前ですが、今回東京集会でラビア氏が配布した資料がこれです

このような現実が、ウイグル人がナイフしかなくても完全武装の中国警察と戦わざるを得ないことの原因です、そのことを知って欲しい

日本の皆様へ

まず、今回の私の入国を許可し、ビザを発給して下さいました日本国政府に対し感謝申し上げます。また、私を日本に招聘するために尽力くださいましたすべての皆様方に心より御礼申し上げます。

我々ウイグル人は歴史上、文明の発展に寄与し、国を成したこともある民族です。

20世紀の前半、1933年および44年の2度、東トルキスタンイスラーム共和国と東トルキスタン共和国を設立しました。しかし、東トルキスタン共和国は1949年、ソ連が支援する形で中国共産党に侵略され、植民地化されてしまいました。
中国共産党が支配してきている今日までの時代は、ウイグル人の歴史において最も暗く、残虐性に満ちた時代と言って過言ではありません。
中国共産党によるウイグル人への激しい弾圧は今日も続いています。一方で、ウイグル人の自由への戦いも絶えることなく続いています。この63年の間に、ウイグル人は北京当局の残虐な行為の対象となり、数え切れないほどの人たちが犠牲になりました。あるウイグル人研究者は、東トルキスタンにおける、中国共産党による意図的かつ様々な名目で行われてきた政治的運動、迫害によって、今日までに約120万人が犠牲になったと論文に記しています。
中国共産党が東トルキスタンを侵略した後、ウイグル人に対しては、いわゆる”自治権”が形式的に与えられました。これに伴い、我々の国の名前はいわゆる『新疆ウイグル自治区』へと変更されたのです。
中国共産党は次のような嘘の約束をしていました。
ウイグル人の文化と宗教信仰、民族習價を尊重すること。ウイグル人の言語を発展させること。ウイグル人の民族教育と経済的な発展を許すこと。東トルキスタンの地下地上資源の管理権と使用権は東トルキスタンの現地政府、現地住民にあること。さらには、ウイグル人の民族的自決権をも認めること、等々。
とくに北京政府は、中国本士から東トルキスタンへ人が移民する際には、東トルキスタンの現地政府の許可を前提とすることを強調していました。
しかし、中国政府はこれら自らがした約束を一つも守っていません。
反対に、ウイグル人の文化、宗教、言語を抹殺し、教育および経済的発展を阻害し、ウイグル人そのものを、彼らの歴史、文化、習慣、宗教と共に根絶させ、東トルキスタンを完全に「中華」の地に変えてしまうような政策を実施して来ています。
中国政府のこのような攻策に反対したウイグル人に対しては、様々な罪を与え、長期刑役にしたり、死刑に処したりしています。ウイグル人は中国共産党局による、ありとあらゆる弾圧、抑圧、さらには虐殺の恐怖があるにもかかわらず、自らの文化、宗教、言語および民族としての存続を守り、闘いを続けているのです。

国際“反テロ”戦争

中国政府のウイグル人に対する抑圧は、近年さらに激しさを増しています。とくに、国際社会において“テロとの戦い”が始められて以降ウイグル人への弾圧は一層強化されました。
言い換えれば、ウイグル人は、“9・11”事件の実質的犠牲者となっています。この事件後に始められた“テロとの戦い”は、中国政府にウイグル人を弾圧する絶好のチャンスを与えてしまったといえるのです。
中国政府は、ウイグル人の大半がイスラム教徒であるのを利用して、中国の政策に対して不満を表わすあらゆるウイグル人に“テロリスト”というレッテルを貼り、厳しい処罰を与えてきています。
2003年、『野鳩』という物語を書いたウイグル人作家ヌルムハメット・ヤセン氏は、“テロリスト思想を主張した”との理由で、11年の実刑判決を言い渡されました。
一方、私を含む、在外のウイグル人活動家、平和的な方法でウイグル人の人権問題を訴える活動をしている者達を、「テロリスト」と言い、他国に圧力をかけてまで、その活動に制限を加えています。さらに、中国政府はこの機に、従来は実行する勇気がなかった「ウイグル人絶滅計画」をも実施し始めているのです。

ウイグル語の根絶

中国政府は、同化政策の一環として、2003年から東トルキスタンの各大学で教育言語としてのウイグル語の使用を全面的に禁止しました。
さらに、この政策を“バイリンガル教育”だとして、東トルキスタンの高校、中学はもちろん、小学校と幼稚園にまで広げて実行しています。この攻策の実行に伴い、中国語が分からない何万というウイグル人教師が強制的に職場から追い出されました。
彼らの代わりに、中国本土から何万人の中国人“教師”が招聘され、各級学校へ配置されました。
中国政府のこの攻策に不満を表明したり、反対したりした数千ものウイグル人には“テロリスト”“分裂分子”の罪を被せて投獄しました。例えば、中国政府による“バイリンガル教育”政策に対し、手紙で不満を表明したウイグル人女性マフブバ・アブラッシュさんは、2008年“国家分裂”の“罪”に問われ、三年の実刑判決を言い渡されましたが、現在、彼女がどこにいるのか、何があったのか不明です。

ウイグル人若年女性の中国木土への「移住」

2004年から中国政府は、就職という名目で東トルキスタンの南部から14歳から25歳までの若いウイグル女性を、中国の束部へ半強制的に“移す”政策を実施しています。中国改府の公式発表でも、今までに約24万人のウイグル女性が東トルキスタンから「出た」とされ、当然、この政策はウイグル人の強い反発を呼んでいます。
中国政府は、日常的にウイグル人の信仰の自由および民族の尊厳を著しく殷損しています。しかし、そうしたやり方に反対したウイグル人らは拘束され、投獄され 厳罰に処せられるのです。2009年7月5日にウルムチ市で起きた平和的な抗議デモに対し、中国軍警が行われた「虐殺」ともいえる弾圧も、元はといえば、若いウイグル人らへの「移住」政策が原因でした。
2009年の「ウルムチ事件」は、東トルキスタン現代史において最も残虐な事件であり、国際世界で大きく注目された事件の一つとなりました。
中国政府は、事件による死者197人、負傷者1700人、拘束された人が1400人と発表しましたが、私たちが掴んだ情報によれば、デモの当日とその後の数日間に、数千人以上のウイグル人が警察や特殊部隊によって殺されています。
事件当日とその後に拘束された数千人の若い男女は行方がわかりません。国連の言う「強制失踪者」となっているのです。
さらに、数百人もの人たちが、警察による残酷な拷問によって命を落としました。
とくに、7月7日、無差別拘束された家族の釈放を政府に求めるための抗議デモに参加したために拘束された数百人のウイグル女性の行方は今もわかっていないのです。
事件後、私たちは、東トルキスタンにおけるウイグル人への弾圧政策が改善されるのではないかと期待していました。
なぜなら、事件は、中国政府がこの地域で行っている政策が、ウイグル人の反発を招く間違ったものであるということを、国際社会に対し証明したからでした。ところが、残念なことに、中国政府は逆に、この世から「ウイグル人」「ウイグル文化」というものを絶滅させるための行動へと舵を切ったのです。
事件直後から、カシュガルなど、歴史的な都市やウイグル人にとっての象徴的な文化遺跡の破壊を加速しています。
共産党新疆党委員会書記、王楽泉氏の言葉を借りれば、まさに「ウイグル人と中共との戦いは事実上生死の戦い」となっているのです。
ウルムチ事件の後、2010年5月に北京でこの事件の原因などを分析し、今後の対策を講じる目的で、“新疆工作会議”を開き、ウイグル人をより早い段階で抹殺するための政策を検討しました。
ウイグル人の代表は一人も参加していないこの会議では“新疆”、とくに南地域に大量に中国人を移住、定住させ、この地城に住んでいるウイグル人の土地を没収し、彼らを農村から都市へ、さらに都市から中国本土へ移住させる対策を検討しました。
他方、ウイグル人の日常生活や行動などを監視するため、東トルキスタンの中心都市ウルムチ市のウイグル人居住地域に、約4万台の監視カメラを設置しました。中国メディアの報道によると、ウルムチ事伴の後、約13万人の武装警察が東トルキスタンに送り込まれたそうです。
さらに2012年、東トルキスタンヘ600万人の中国人を移仕させる計画を実現させるため、東トルキスタンの各県、市などに、250ヵ所もの流動人ロを登録する場所を設置し、移住活動を展開しているのです。

宗教弾圧

“7・5ウルムチ事件”の後、中国政府は東トルキスタン全域において、大規模な不当逮捕、裁判など法的な手続きを一切経ない殺害を行って来ています。
一方でウイグル人の宗教信仰の自由を一層抑圧しています。
2012年には、“違法的宗教活動”を取り締まるとの口実で、宗教指導者への弾圧を行い、その結果、児童までもが容赦なく殺害されました。
2012年5月、“違法的宗教教育を受けた”という理由で、当時12歳のミルザットという男の子が警察に連行され、拷問を受けて命を落としました。
2013年4月には、4名のウイグル人に対し、「インターネットで宗教を宣伝した」罪により、無期懲役の判決が言い渡されました。
毎年、イスラム教徒にとって大切な断食(ラマダーン)期間中には、ウイグル人の公務員、共産党党員、教員、学生などに対し、断食を禁止する措置をとってきています。近年はさらに、各地の織場や学校で全てのウイグル人職員や学生に対して断食を禁止し、守らない楊合は厳しい処罰を与えると通告し、宗教行事への不参加を約束する文章に署名することを一人一人に強制しています。

対話の呼びかけへの答え

こうしたなかで私は、中国政府の指導者の交代が、東トルキスタン政策に改善をもたらす一つのチャンスとなるのではないかと期待していました。
2012年11月、習近平氏が共産党総書記に任命される一週間前、米国のウォールストリートジャーナル紙に発表した文章のなかで、「ウイグル間題を平和的に解決するため対話をしましょう」と中国政府に呼びかけました。
しかし、私のこの申し出に対し、中国攻府は、2012年12月10日、その日が国際人権記念日であったにもかかわらず、3名のウイグル人に死刑を執行し、1名に無期懲役を宣告するという形で答えて来たのです。
ウイグル人に対する弾圧は変わらず続きました。私は2013年3月、習近平氏が国家主席に就任した際、世界ウイグル会議ジュネーブで行われた会議において、国際社会の前で、再び中国政府に対話を呼びかけました。
しかし、私の平和的な対話要求に対し、彼らは、4月23日、カシュガル地区マラルベシ(巴楚)県での武装警察による虐殺という行動で答えて来たのです。
今日、東トルキスタンにおいて中国当局が行なっていることは、北京の指導者らがウイグル問題を解決する意思がないということを示しています。中国政府は、ウイグル人の反政府行動を弾圧することで、中国人を政府への協力者にしようとしています。
これはちょうど、国民の中国政府への反発をかわすため、近隣諸国と紛争を起こしていることと同じ、敵を作る作戦と同じ行為なのです。
私は、ウイグル人の自由と民主を求める運動の指導者として、中国が全国民に基本的人権の保障を与えられる国となることを望んでいます。
中国政府は、本当に、世界の中で安定した強い国を目指そうというなら、まずはウイグル、チベット、南モンゴル、そして中国人からの自由、民主、人権についての要求に応じるべきなのです。
東トルキスタンは重要な戦賂的地域に位置していることから、中国またはアジア地域の安定、平和はこの地域の安定と平和に密接に関係しています。しかしながら、中国政府がこの地域で行っている政策はむしろ東トルキスタンの不安定の要因になっています。これは中国の国益にも不利なことです。
侮辱を受けることが、人間にとってどれだけ精神的打撃になるかは、皆様もご存知のことでしょう。侮辱を受けるということはとても恐ろしい光景です。人間はこのような状況に置かれた時、理性を失い、価値観さえもかなぐり捨て、失われた尊厳を取り戻そうと、あらゆる努力を行います。
そのために支払う代価は大きく、深刻な悲劇を引き起こすことすらありあます。ウイグル人が今日直面している状況はまさにそういうことなのです。ウイグル人が直面している問題の解決方法を一刻も早く見つけ、早急に平和的に解決することが求められています。このままの状況が続いていけば、中国にとっても、ウイグル人にとっても、また全世界にとっても深刻な悲劇になるのではないか、と私は心配しています。

2013/6/20

Rebiya Kadeer
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