書評 「北朝鮮14号管理所からの脱出」ブレイン・ハーデン著 白水社

書評 「北朝鮮14号管理所からの脱出」ブレイン・ハーデン著 白水社

北朝鮮の政治犯収容所で生まれた少年、シン・ドンヒョクには、すでに著書「収容所で生まれた僕は愛を知らない」(KKベストセラーズ)がある。しかし、アメリカのジャーナリスト、ブレイン・ハーデンがシン・ドンヒョクを取材してまとめられた本書は、シンの著書をはるかに超える衝撃を私達に突き付けてくる。

何よりも驚かされたのは、シンが本書でこれまで母の死について嘘をついていたことを認めたことだ。シンはこれまで、母と兄が自分の知らない所で脱走を試みて発覚、自分も家族の一員として、背中を火であぶられる拷問を受けたと語っていた。拷問は事実である。しかし、真実はシン自身が、母と兄の脱出計画を盗み聴き、それを密告したのだった。
収容所の保衛員は、シンたち収容所の子供たちに、お前たちがここにいるのは両親の犯した罪のせいだと教育し、密告を奨励していた。そして、母とシンは食べ物を奪い合う相手だった。空腹に耐えられないシンが母親の留守に彼女の食事を食べてしまうと、母親は保衛員同様のひどい暴力をふるった。シンが母と兄を密告したのは、脱走の相談が許せなかっただけではなく、その時二人がこっそりと隠していた米を自分に隠れて食べていたことへの怒りだった。「僕は家族よりも保衛員に対してずっと忠実だった。家族のものはお互いにスパイでした。」シンはこう語っている。
シンの人間性を回復させたのは、平壌から送られてきた囚人、パクとの出会いだった。彼の人間的品性の高さは、シンの精神に潤いを与え、外の世界への脱出の夢をはぐくんだ。著者はナチスの強制収容所の例から「生存者の基本単位は一個人ではなく二人」と記している。人はパンのみに生きるものにあらず。人間は、人間を信じる力によってのみ、真に人間として生きることができるのだ。
そして、シンが収容所を脱出して、初めて知った外の北朝鮮社会が、いかに「自由」であるかに衝撃を受けたという記述は、収容所がどのようなものかを逆説的に語っている。自由に道を歩ける、人々が道で話し合い、また争っている、その程度の「自由」ですらシンには初めての体験だった。そして、脱北と韓国入国までの経路は、現在の北朝鮮社会の変化、そして中国における脱北者の実態をリアルに感じさせる。
韓国入国後のシンの道のりも平坦なものではなかった。韓国社会への定着の困難さ、北朝鮮問題への無関心さに失望、アメリカでの人権団体と活動とその挫折など、今も続くシンの苦悩は、彼が未だ「心のほうはまだ牢獄の中にいます」と語る一言に集約されている。しかし今、収容所での人間破壊の実態をさらに深く直視して語り始めたシンは、必ず「牢獄」から脱出する道を見出すはずだ。そして収容所の存在に目をふさぎ、囚人たちを精神的にも肉体的にも虐殺し続ける独裁政権との「平和共存」を選択する、日本を含む関係諸国はシンよりも遥かに偽善的な罪を犯している。私たちは今も、数万、数十万のシン・ドンヒョクが殺されていくのを看過しているのだ。
You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed