油井正一編集「ジャズ本」に収められた林真理子のジャズエッセイ

林真理子という方の小説もエッセイも、私は実はほとんど読んだことがない。優れた書き手であることは時々雑誌などで文章に触れているので知ってはいるつもりなのだが、まあ、ご縁がなかったのだ。アグネス・チャンとの論争とか、もう、覚えている人の方が少ないだろうなあ・・

しかし、ジャズ評論家の油井正一氏がまとめた「ジャズ・レコード・コレクション」(新潮文庫)という本があった。「昭和61年」発行、未だCDよりも「レコード」という言葉が標題になった時代の本だけれど、私は今でも「読み物」としてはたくさんあるジャズ紹介本の中で最もいい文章がおさめられている本だと思う。例えば次のような言葉は、今ならば普通に読まれるかもしれないが、いびつなマニアやコレクター、ジャズ評論家と称して実は文学や政治を語りたがる連中の観念論的ジャズ論を一言で葬り去るものだった。

「ジャズは集団の音楽であると同時に個人の音楽である。個性が強ければ強いほど聞く方にとってはかなりの好き嫌いがでる。他人がどんなにほめようと、嫌いなミュージシャンのレコードは買う必要がない」

ここまでなら平凡に聴こえるだろうが、この後の展開がさすがなのだ。油井は、戦前の白人コルネット奏者、ビックス・バイダーベックが自分は好きだと書き、彼が当時のビック・バンドで、ほんの数小節のソロをとっているのを聴きたくて、戦前、100枚近いSPレコードを集めた。戦災ですべて灰になってしまったが、戦後はまたLPに復刻したものを集めなおしたという。「僕は今でも、遠い昔にあの世に行った親友の写真を見る思いで彼のレコードを楽しんでいる。これは非常に個人的なことで、皆さんにビックスをきけなどとおすすめしているわけでは毛頭ない。レコード・コレクションは、こういう心境に達したときに、自分自身に対し光彩を放ってくるものなのである。」

そして、本書では年代を追って様々なレコードを油井氏が紹介し、「独断と偏見で選んだ」と断りつつも、この中にはいくつかきっと「あなたがめぐり合うべきアーテイスト」がいるはずだ、そこからあなた自身のコレクションをつくっていくことを願う、と記す。これこそ、言葉の最も良い意味での啓蒙家の文章である。

そして、この本には、片岡義男、山下洋輔、矢作俊彦、四方田犬彦など、いかにもジャズにうるさそうな人たちがエッセイを寄せているのだが、その中に林真理子がいた。「ブロッサムのように」というエッセイで、「生まれ変わったら、もしできるものならば、私はジャズシンガーになりたい」と言い切っているのだ。

林真理子は時々六本木のジャズクラブなどに行き、そこで歌う歌手たちをうっとりと眺めていた。そして、自分はジャズシンガーになりたい、と周囲の友人に言ったという。すると意外と多くが、「お前は声も大きいし、その体格だから声量もあるよ」と、結構励ましてくれたというのだ。「ここまで言われると、私の妄想はとどまるところを知らない。一つの情景がはっきりと浮かんでくるではないか。私はあまり売れないジャズシンガー、恋人というよりヒモに近いペッターの男がいる。彼とケンカした翌日、私は殴られた頬を隠すようにしてマイクを握るのだ・・・」

そして、林真理子は「黄金の名ボーカリスト」という女性ボーカルのベスト集を買った。何曲か聞くうちに、「優しく甘い声」が聞こえてきた。「可憐さ。透明感がありながら、妙に心に引っ掛かる歌は、それまで私の知っているボーカリストにはないものだった」

それが、ブロッサム・デイアリーであり、曲は「ワンス・アポン・ア・サマータイム」だった。ジャズ・シンガーになりたいといったときは励ましてくれた友人たちは、「ブロッサムのようになりたい」と林真理子が言ったときは変な顔をしたという(まあ、言うまでもないがサラ・ヴォーンとかのイメージだったのだろうな、林真理子は)。しかし、と林真理子はエッセイを結んでいる。「しかし、あの時の私の歌を聞かせたかった。失恋したある冬のこと、私は何十回となく『ワンス・アポン・ア・サマータイム』とうたい続けていた。(中略)これ一曲だけが持ち歌でいいならば、私は本当にシンガーになれそうな気がする」

このエッセイは私の読んだジャズエッセイの中で、最も味わい深いもののひとつである。

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