三島由紀夫が魅せられた石笛

映画「三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)が公開されます。この映画の最初の企画の時、あるご縁で若松監督にお会いすることができましたが、あれから約2年ほどでしょうか、ついに完成。

「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」

公式サイト:http://www.wakamatsukoji.org/11.25/

ただ、多分若松監督は、三島由紀夫の行動(もっといえば自決という形での戦後否定)を描きたいのだと思いますが、私にとって三島由紀夫は偉大な作家であり、日本と西欧との矛盾を考え抜いた思想家でもあります。これをきっかけにまた三島文学が読み直されてほしいですね。自決を一週間後に控えたときのインタビュー「三島由紀夫 最後の言葉」(新潮CD講演 新潮社)は、三島のギリギリの言葉が収録されており、有名な東大全共闘との討論よりはるかに内容豊か。

その中で三島は、インタビュアーの、三島さんの真意はどうあれ、今の楯の会の活動や三島さんの政治的発言は、結局自民党タカ派あたりに利用されて、再軍備などの正当化につながりませんか、という質問に対し、三島氏ははっきりと「今にわかります、僕は絶対にあいつらの手にはのりませんよ」と言い切っているんです。

「やつら(自民党内のタカ派など)は、馬鹿が一人やってきて、てめえの原稿料はたいて、俺たちの太鼓をたたいてくれてるわいと思っているでしょう。でも、それは政治の低い次元のことでね」「僕はそうやすやすと敵の手には絶対に乗りませんよ。それは自民党であれ、社会党であれ、共産党であれ、戦後体制すべてです。僕にとって自民党と共産党って同じものですからね。まったく同じものです。偽善の象徴です」
この他にも、戦後天皇制についての厳しい批判、戦後という時代について、またジョルジュ・バタイユへの共感にはじまる独特の西欧文明論など、とにかく聴きごたえのあるCDです。

三島作品で私が絶対にお勧めしたいのは「海と夕焼け」という短編、ヨーロッパ中世の少年十字軍とその悲劇、そして驚かされるエンデイングと、素晴らしく完成度の高い小説です。(確か「花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)」に入っていたと思う)。それと「近代能楽集」と、やはり「英霊の声」かな。

「英霊の声」で、2・26事件の将校や特攻隊の英霊がある盲目の青年に憑依するときに、その神式で古代日本の楽器、石笛が礼を呼ぶための儀式として吹かれます。古代では日本だけではありませんが、楽器は石笛にせよ、また琴にせよ、神と交信するため呪術的なものとして考えられてきました。その音色について、三島は次のように記しています。

「石笛の音は(中略)心魂を揺るがすような神々しい響きを持っている。清澄そのものかと思うと、その底に玉のような温かい不透明な澱みがある。肺腑を貫くようであって、同時に、春風駘蕩たる風情に充ちている」と、さすがに三島らしい美文と着眼点でしょう。

 これを読んでくださって石笛を聴いてみようという方がいるかもしれませんので、私が見つけた中ではもっとも聴きやすそうなものを紹介します。「荒城の月」を石笛で吹いています。

「豊饒の海」を、私は今度読み返そうと思っています。個人的には、あの小説は近代小説というより、むしろ古代文学というか、近代以前の「マハーバーラタ」とか「源氏物語」「平家物語」、また「トリスタンとイゾルデ」(「春の雪」ってまさにこのトリスタン物語のよう)などの伝承文学を三島は書きたかったような気がします。

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